これは、2001年10月に記述したものです。911のテロの直後という状況下での文章です。そういえば、911当日は、私は大阪に出張中でホテルでニュースを見ていました。情報が錯綜している中で2機目がぶつかったところを生中継している映像を見て衝撃を覚えたのを思い出しました。
●沖縄の観光客
9月中は、飛行機も連日満席状態が続いておりましたが、10月に入ってからぱったりと観光客が途絶えたとのことです。ホテルも飲み屋も上がったりで、ホテルではつぶれるところも出てくるだろうとささやかれています。公式には観光客の数は、30%減ということですが、観光業界ではそれ以上の打撃が出ているようです。
それでは、なぜ9月中は観光客は減らなかったか。やはり、学生の夏休み期間中ということではないかと思います。学生ですと、夏休みや春休みぐらいしか長期の休みは取れませんから、せっかくの休みの予定をキャンセルするかというと、多少怖いけど行っちゃえってところではないでしょうか。
一方、一般の観光客というと、近頃はシルバー世代が圧倒的に多くなりました。現役を引退された方々は、他の人が行く混んでいて費用が高い時期は避け、閑散期の格安ツアーで訪れます。特に、時間的に制約が多いわけではないので、ちょっと不安であれば、とりあえずキャンセルして、また落ち着いてからという形で手軽にキャンセルしてしまうのではないでしょうか。
私はというと、やはり、飛行機に乗るのは出来れば避けたいものですが、仕事ですのでそうも言ってられません。そして、仕事が終わると夜の街に繰り出し、打撃を受けている飲み屋さんにせっせと投資する優良ないちゃー(内地つまりは本土の人)なのであります。
●那覇空港
那覇空港は、民間と自衛隊との共用飛行場です。普段ですと、自衛隊の飛行機が数十機、整然と並んで止まっています。ところが、今回のテロ以後は、それらの飛行機が跡形もなく消えてしまっているのです。
どこかの警備に行ったのか、それとも、テロのターゲットとなり、民間に被害を与える可能性を避けるために、別の自衛隊基地に移送したか。理由は分かりませんが、いつも駐機していたところががらんとしているのも少々不気味ではあります。
●米軍の動き
テロ発生直後の9月14日に本島最北端の辺戸岬まで車で走ったのですが、そのときには、とにかく米軍の車がものすごい数走っておりました。主な米軍基地は、宜野湾市の普天間飛行場、嘉手納町の嘉手納飛行場、金武町のキャンプハンセン、名護のキャンプシュワーブとあります。特に、キャンプシュワーブは弾薬などの備蓄用の施設と言うことで、周辺の道は、米軍のトラックの往来が特に激しかったです。
キャンプシュワーブは、海上ヘリポートの候補地と上がっているところです。先端の辺野古崎は、たいへん美しい珊瑚礁の海で、ジュゴンの生息も確認されています。北側の大浦湾を挟んだ向かいにあるカヌチャベイリゾート(那覇行の機内でTV宣伝している沖縄ではサミットの開かれたブセナリゾートと並ぶ2大リゾート施設)から見る眺めはとても美しいのです。
沖縄勤務になるまでは、遠い世界のことのような印象でしたが、いざこちらに来てその場を目にすると、自然を破壊することの愚かしさをしみじみと感じてしまいます。(話がそれた)
●飛行機でドッキリ
9月27日に出張帰りで那覇から羽田までの飛行機に乗りました。乗った飛行機のトラブルで一瞬びびりました。
JAL906便那覇17:40発満席の747は、一度駐機場から離れて、滑走路に向かうべく誘導路に入りました。途中まで動き出したところで「プシュウーン」と言う情けない音とともにエンジン停止、機内灯消灯、一瞬間があってパラパラと非常灯が通路の両側につきました。
なんだなんだ、テロでも起きたか。。。。だが、まだ飛ぶ前だぞ・・
しばらくしてCAから、電源系統のトラブルで電源が落ちました。機長が再度飛行の準備をしておりますので、しばらくお待ちくださいとのアナウンスがあったものの、そのまましばらく変化無し。
15分ぐらいしてから、機長から、電源系統の異常のため立ち上げがうまい行かず一度駐機場に戻りますとのアナウンス。な、な、なにーーー。今日中に帰れるのか?
それでも、こういう時期ですので、文句を言うものもおらず、極めて優等生の乗客だったので罵声が飛び交うようなこともなく静かに戻ったのでした。
駐機場に着くや、つなぎを来た整備士がどやどやと乗り込んできました。私は二階席通路側だったので、すぐ隣を険しい顔をしたおじさんたちが走り抜けていきました。
しばらくして、整備士が去り、電気もつきエンジンも再起動して、機長の確信に満ちた「もう大丈夫」のアナウンスでほっとして、これから出発!という矢先、またしても機内灯消灯。だが、非常灯はつかなかったので、きっと何らかの人為的ミスという気がする。
何度か機内灯が消えたものの、ようやく何とか正常になった模様。機長から再度、「もう大丈夫」のアナウンスがあるが、その声には心なしか力がない。
それでも、何とかそのまま離陸し、台風の影響で途中はずいぶん揺れたものの、その後エンジンが止まるようなトラブルも発生せずに無事に戻ってこれました。途中の「本機は出発の遅れを取り戻すべく最速力でがんばって飛行を続けております」っていう機長のアナウンスにはついつい口元がほころんでしまいました。
結局2時間近く遅れて家に着いたのは夜中でした。あーこわかった。でも無事に帰り着けてよかった。


