- 心で繋がる旅 序章 -
2008年6月14日(土)
食事処「けい」
久高島には、食事をできるお店は2軒。港のすぐ上、待合所の並びのレストラン「とくじん」と、そのはすかい「けい」。
とくじんは、私が初めて訪問した2001年当時、できたての新築だった。けいは、当時で既にかなり年季が入っていた。ということは、とくじんができるまでは、けいが1軒だけで、島の外食産業を支えていたと言うことか。
料理の味は、絶対けいさんの勝ち。(個人的好み)
朝から、ほとんど食べ物を口にしていないTS子さんとIT美さんは、チャーハンを。
私とKHさんは、一瞬オリオンを頼もうとしたけど、まもなく潔さんのところを訪問することを考え、ビールは控えた。
チャーハンは、細こい野菜がちりばめられたように、見た目もきれい。そして、ほんのちょっとお焦げの混じるかりかり食感が絶妙のところが最高。一口分けてもらって、これは、島にいる間に一度は絶対に食べなきゃならないと、心に決めたのであ~~る。あ・・・でも、海ぶどう丼も食べなきゃならない。短い滞在期間中に、そんなにあれもこれも食べられるやろか。ちょっと不安。。。。
最後に、みんなでぜんざいを頂いた。けいのぜんざいは、粗めの砕いた氷が乗っているのをばりばり言わせて豪快に食べるのがいい。そして、一気に食べて、ひたいのあたりが『き~~~~ん』となるのが、正当な食べ方であ~る。
民宿西銘(にしめ)
今回のお宿は、西銘さん。2001年当時は、にらい荘、民宿西銘、そして、できたての宿泊交流館しか無かったが、その後、小やど「さわ」、郵便局と、宿泊施設も増えてきている。それだけ、訪問者も増えているのだろう。
西銘は、集落に入ってすぐのところ。島の一般的な平屋の建物。ここは、ついつい「ただいま~」という言葉が自然に出てしまうような空間。庭には、木でできて一体となったテーブル&ベンチが置いてある。
それを目にした瞬間、2001年11月、左奥にすわる自分、手前にとみぃ、右側には、まさひろさん(はなおばあの息子さん)、そして、三線を奏でる区長という面々が脳裏に浮かんだ。
そう。ここは、私の久高島への継続的な訪問を決定づけた場所。
そして、7年の時を経て、再びここにすわっている。
はなおばぁ

民宿西銘を切り盛りしているのが、はなおばぁ。久高島に魅せられた人たちに民宿西銘愛好者が多い。そして、はなおばぁのファンも多い。
でも、私は、はなおばぁと話をするのは今回が初めてだ。
IT美さんが、ひととおりご挨拶をした後で呼ばれて台所へ。足の悪いはなおばぁは、立ち座りがたいへんそうなので、お茶もセルフサービス。さんぴん茶は、グリーン缶がおいしいという。(パレット久茂地の地下、食品売り場にこのグリーン缶が売られているところを後で発見!)
お茶を頂きながら、お世話になるご挨拶をし、自己紹介する。島のおばぁ独特の発音は語尾に「ゃ」「ゅ」「ょ」がつく。それが、何とも言えない柔らかさ、心地よさを醸し出し、懐かしい気分にさせてくれる。島の、愛すべき女性のひとりである。
自己紹介では、過去に、5回来ていること。ここの庭でバーベキューにも参加させて頂いたこと。などをお話しした。その話を聞いているはなおばぁの顔を見ていて、さかえのさつえさんのことを思い出した。
客商売では、客の善し悪しを見定める眼力がとても大切なことを、長年の経験から十分知り尽くしているのだろう。そういうときのおばぁの顔は、ふだんの優しい顔とはちょっと違う、凛とした雰囲気が漂う。そして、そのまなざしにさらされると、とても嘘なんて言えなくなってしまう雰囲気を持っている。
小どや「さわ」に向かったTS子さんに連絡を取ると、さわさんが留守だったので、部屋の片付けやら洗い物をしていたという。
そういえば、ちょうどこの日に、SNSで私の日記に足跡を付けていた「鳩子」さんという長野から来られている方が、さわさんに宿泊することになっていた。
洗い物をしているTS子さんを宿の方と勘違いした鳩子さんは、いろいろとお話をされたという。TS子さん、ちょっと人が悪いでしょ。おちゃめはだめよ。
伊敷浜に訪問のご挨拶
島に着いたら、やはり、先ずは伊敷浜にご挨拶に行かなくちゃ。16時頃、TS子さんを迎えに行って合流して伊敷浜に行くことに。それに、留学センターの坂本さんにもご挨拶して、島酒の差し入れを届けなければ。
さわに行くと、TS子さん、浴衣で登場! こういう場合に、はっとさせ、しかも人の期待を決して裏切らないところが彼女のすごいところである。
久しぶりの、でも、歩き慣れた道を、集落を抜け、交流館と留学センタの間を通って島のほぼ中央部の東海岸、伊敷浜に向かった。
途中、留学センタに立ち寄ったのだけど、誰もいなかったので、坂本さんにはご挨拶できず、残念。留学センタの建物に回りにたくさん実っていたちょっとおいしそうな緑色の実は、結局なんだったのだろう。分からずじまいやった。
(翌日、無事に島酒の差し入れを届けることができた。でも、留学生の親御さんがみえているようで、あまりゆっくりと話をすることができなかった。坂本さんの、いつもながらのきまじめな目で正面から見られると、ついつい緊張してしまうのであります。)
道の脇には、草木がいっぱい。赤い小さな花が集まってボールのようになった花が。いったい何という花やろう。空豆のような大きなまめの実を付ける草もたくさん。TS子さんが実を割ってみると、柄の割に小さなまめが。これまたなんというまめやろう。沖縄には、本土とちょっと違う植物が多い。特に、まめ科の植物が多いように感じる。
伊敷浜の入口の右手に、こぎれいに清められたうがん場所がある。ここでは丁寧にひとりひとりが訪問のご挨拶をして、伊敷浜に入った。
潮が満ちている時間帯なのか、私の目には、今までになく、ちょっと荒々しい海に映った。遠く、リーフのフチで白く砕ける波は、何かを伝えようとしているのか。
IT美さんとKHさんは、波打ち際まで行って波と戯れている。ちょうどその時、カニと遊ぶのが好きな犬(カニ犬)を2匹を連れたおばちゃまが散歩に来た。その後、この犬たちには、集落を歩いているときに、何度も出会うこととなる。
TS子さんは、浜に出ると、すぐ左手の森のあたりに向かって、ずんずんと入って行ってしまった。私も、何となく、後をついていかなければならないような気がして、TS子さんの後を追った。
伊敷浜の入口のすぐ北側の茂みのあたりに向かってしばらく立ち尽くすTS子さん。
私は、その後ろ数メートルのところに立って、サポートするような格好になった。
目を閉じると、フェリーの上で見えたような真っ赤な色がまた見えた。でも、すぐに淡い黄色に変わっていった。
ほんの数分程度だったと思うのだけど、ずいぶん長い時間、そこに留まっていたような気もした。
TS子さんと、波打ち際まで行って、ラブラライトのパワーストーンブレスを伊敷浜の潮に浸した。すると、ところどころにが濃い青色、紫色に光っていたのが、もっとずっと明るい水色に近い色でたくさんの場所がキラキラ光るように見た目にもはっきり変わり、不思議な感じだった。
最後にKHさんが、ブレスを潮に浸した。それを遠くで見ていた私たち三人は、KHさんの動作があまりにもそのままだったので、大笑いしてしまった。
まるで『何で、ちょっと浸しただけなのに、こないに輝きが変わっているんやろ。
嘘やろ~。濡れているからに違いない。拭いて水気を切ったらそないに違わないやろう。あれ~、水気を切っても、さっきまでとぜんぜん輝きが違うやん。どないなってんやん?』というつぶやきが、まるでスピーチバルーンとして浮かんでいるようであった。








KHさんのおかげで、皆でとても楽しい気持ちになって伊敷浜をあとにした。
途中、交流館の前を歩く坂本さんを見かけたが、手には足ひれを持って、子ども達と西海岸に向かうところのようだったので、声はかけなかった。また、明日、届ければいいと思った。その結果、ずっと、一升瓶を持ったまま歩き回ることになってしまったのだけど。
八光舎と西銘潔さん
交流館の前から集落に入る辻のところに、やたら人なつっこいネコが一匹。東の浜の方からカニ犬がやってきた。いきなりネコさん、戦闘モードに入り背中を持ち上げて毛を逆立てた。しばしにらみ合った後、さすがに二対一では不利と思ったか、ネコさん木立の向こうに去っていった。
TS子さんが、夕方17時半(18時やったっけ?)に、潔さんと約束していた。八光舎は、過去にも何度か立ち寄った場所なのだけど、行こうと思って行ったことがない。
なので、正確にどこにあるかは分からなかった。
でも、何となく、そんな気がして道を右に折れ、次に左を折れると、そのすぐ左手が、まさに八光舎であった。導かれるように、迷うことも、間違えることもなくたどり着くことができた。きっと、そういう空間なんだ。
静かな空間に、皆で足を踏み入れた。庭の奥には立派なガジュマルの古木が生えている。左手には、小さな平屋の建物。2年半前に私が立ち寄ったときには、もっと殺風景で薄暗いイメージのところだった。
建物の中は、ほの明るく、不思議なものがあちこちに配置されている。いろいろな宗教が混ざったような、宗教とまったく関係ないと思われるようなものまでが、たくさん無秩序のようであって、きっと秩序正しく配置されているのだろうと感じられた。
建物は、不思議な、それでいて心休まるような音楽と、お香の香りに包まれた空間だった。IT美さんは、潔さんにこの音楽について聞き「観音楽」と言うCDであることが判明した。
真ん中手前にすわっている潔さんの左手にTS子さんが、最初は、その後ろに、3人が固まって腰を下ろしたが、もっと奥まで広がって座るように潔さんに勧められ、TS子さんの右手にKHさん、少し離れた奥の手前に私、そしてその右後ろにIT美さんが腰を下ろした。
TS子さんから、今回、久高島に来るに至った経緯、直前に、大海神社にお参りしたこと、そこで、私の中に神武天皇という言葉が浮かんだこと、TS子さんがご神木の前で8という数字が浮かんだことなどを話した。
潔さんは、ぽつりぽつりと、空海さんの話、IT美さんの腰掛けているところがちょうど太陽神がおられる場所であること、やーるー(鳴きヤモリ)が鳴くのはビンゴを知らせる時であること、などなどなど。
やがて、船の警笛が聞こえると、港まで荷物を取りに行くと言って潔さんは出かけていった。その間、好きな場所に自由に入って構わないと言い残して。
私も、表の板の間の奥に飾られているいろいろなものの前に立ってみた。庭に出て、ガジュマルの前などにも立ってみた。でも、どこも、それほどの感じは受けなかった。最後に、TS子さんがイシスと出会えたという奥の間に入った。奥の間は、少し低くなっており、入ると左手の本棚に星野之宣の「ヤマタイカ」全巻が置かれているのが目に入ったので、TS子さんに示した。
部屋に入ると、降り口から一歩奥に進んだ右手に、スポットライトに当たるように温い場所があった。すぐ奥が、TS子さんが守護神と出会った場所だというので、その場所に座ってみたけど、温い雰囲気はなかった。もう少し手前に座ると、やはり温い場所だった。何だろうと思って、右手の棚を見ると、ちょうど中段の中央に、パノラマの写真があった。石が積み重ねられている御嶽のようなところだった。
瞬間、久高島の中で、私が以前から気になっている場所のことが頭をよぎった。
前回来たときに、その場所を探すために2時間ほどもさまよったことを。
ちょうどその時、潔さんが帰ってきたので、この写真はどこですかと尋ねると、宮古島の御嶽ですという。一瞬、違ったのかとがっかりした。潔さんは続けた。その場所と繋がるところが、久高島にもあります。私が久高島で気になっている場所のことをお話ししたけれど、うまく場所を伝えることはできなかった。通じたのかどうか、分からなかった。
いずれにせよ、この瞬間に、今回の訪問では、その場所には行かなければならない、皆を連れて行かなければならないという確信を持った。

翌日の行動についての話になった。私たちが、何をすべきか。
太古の昔、久高島が、まだ海中に不完全な柔らかい状態だったときに、島としてつき固めた木の棒が祀ってあるところをスタートにするのが良いだろう。その場所は、八光舎の前の道の突きあたり近辺にあるという。時間は早い方が良い。午前中?
もっと早く、日の出前がよい。その後のことは、その場に行けば、知らされるでしょうと。
おおっとぅ! 西銘での朝まで宴会の計画が、ここに来て、もろくも崩れ去るのか~~久高島訪問記、はじまって以来の危機に直面することになった~~~~どうする???
そんなの、考えなくたってわかっとろうが。早朝から神さまうがんに行くに決ってるやろ~ということで、宴会は、早めに切上げることと相成ったのであります。
19時過ぎまで、いろいろなお話しをしたはずなのだが、あまり具体的な内容が記憶に残っていない。頭使わないで聞いていたからなのか。でも、そのときの雰囲気、気持は、まだまだ昨日のように残っている。これが、頭で考えずに、心で考えると言うことなのか。
一つだけ、強烈に印象に残っていることが。自分のことだから当り前なんだけど。
潔さんに、真正面から見つめられて、「あなたは、今回、きっと、開かれると思います」と言って頂いたこと。自分では、まったく自覚も何もないのだけど、まさか、潔さんに面と向って、そう言われることは、想像もしていなかったので、ビックリしてしまった。でも、潔さん個人が言ったのではなく、潔さんが神さまにたずねた結果、その言葉となったのだろうと思うと、とても感慨深いのであります。
最後に、TS子さんご推薦の、『春の海(沖縄の塩、天然だし』を購入。手間暇かけて、丁寧に作られ、さらに、まくらの下に敷いたり普段持歩くための小袋もついて\500は、お買得とのこと。お代は、脇に置いてあった貯金箱に入れたのでした。
この晩、寝るときには、まくらの下にしっかりと敷いて寝て、海の夢を見たのは言うまでもない。ただ、まくらとまくらカバーの間に仕込んだものだから、忘れて帰らないように、注意しなければならなくなってしまった。
あまり遅くなっても、潔さんに迷惑がかかるだろうと思い、19時過ぎには、八光舎を後にした。静かで温くて、それでいて、不思議なんだけど、当たり前のような、そんな空気に包まれた2時間ほどの体験だった。
西銘で宴会
西銘に戻ったら、はなおばぁに伊敷浜に出かけていたことを報告。潔さんには、あまり、御嶽に入るだの神さまを感じるだの言う話は、島の一般の方々にはしない方がいいというアドバイスをいただいていたので、簡単に伊敷浜にご挨拶に行ったことを話した。でも、なぜか、はなおばぁには、全てお見通しと思われているようなふしがある。島のおばぁのそう言うところが不思議だ。でも、昔は当り前だったのかもしれない・・・とふと思ったりもする。
宴会を始めるに当って、コップやお皿を準備する。わざわざオリオンビールまで、買って準備していてくれた、はなおばぁに感謝!!
いろいろ準備したおかげで、西銘の食器その他のありかをほぼ掌握。次回からは、はなおばぁが、まったく動かなくてもいいぐらい場所を頭にたたき込んだ。電子レンジを使うときには、コンセントをさして、終ったら抜くと言うところまでマスターし、他のお客様のお世話だってできようというもの。
KKみさんの差入れ料理は、ラフテーに島らっきょうにくーぶいりちーと、沖縄家庭料理オンパレードやった。それに、飲み物は、IT美さんが九州から重たいのに持参してくれた幻の焼酎に、那覇のスーパーで特売ゲットした残波。
準備は整った。さあ~~~飲むで~~~~

と、飲み始めたとたん、創結マスター、TS子さんとIT美さんにさんざんいじられまくる。今となっては、何で、あないに徹底していじられまくったのか、その内容さえ覚えていないのだけど、それにしても、徹底的に攻撃されてしまった。
すると、見るに見かねて、KHさんが救いの手を出してくれた。KHさんは、いい男だねぇ。なのに、なぜに彼女ができないのか。不思議や。
それから、女性二人が、語る語る。最近のKKみさんの変化について。そして、昨晩、さかえで直に話をして、その変化の理由を確信したという。これ以上は、ここに書くのははばかられるので、みなさんの心の内にしまっておきましょうね。
(^_^ゞ
結局、翌日の計画を特に話し合うでもなく、楽しく宴会に興じたのでありました。
それでも、翌日のことを考え、23時過ぎにはTS子さんはさわに戻り、24時過ぎには、引けたのでありました。
みんなで、『春の海』をまくらの下に敷いて寝たのは言うまでもありません。IT美さんが、寂しいと言って、KHさんと私が布団を敷いたとなりの部屋まで布団を引張ってきて、仲良く寝たのでありました。ZZzzzz・・・・
IT美さん>寂しいって言うか、ちょっと翌日のこと考えたら怖かっただけやもん!!!
IT美さん>ぜんぜん、寂しくなかったもんね~ (^^;)v


