いきなり始まる新シリーズ。
せっかく、関西に住んでいるのだから、歴史にちなんだ場所の紹介シリーズでもしてみましょ。ってことで、またまたシリーズものを作ってしまいます。いつまで続くかなんて、考えずに、思い出した時に書いていきましょう。
そして、記念すべき第1回目は、『暗(くらがり)峠』です。名前からして、興味津々でしょ。
説明板から、そのまま引用してみましょう。
暗越(くらがりごえ)奈良街道と暗峠
河内平野を横切り、生駒山地を越えて大阪となら側を結ぶ街道としては、北から中垣内越(なかがいちごえ)(古堤街道)、暗越(奈良街道)、十三(じゅうさん)峠越(十三街道)、亀ノ瀬越(北八尾街道)などがあり、これらとは別に枝道として幾本もの山越えの道が古くからありました。
この中で、生駒山頂の南側の鞍部(あんぶ)である暗峠(標高455m)を超える暗越奈良街道は、大阪と奈良間を最短距離でつなぐ八里八町(約4km)の道です。日下の直越の道とともに奈良時代以前から利用されてきた古道の一つですが、江戸時代に入って本街道ではなく脇往還(わきおうかん)としてしゃかんに利用され、旅客・貨物の重要な交通路となりました。
この街道の難所である「暗峠」には、石畳が敷かれ、『河内名所図会(ずえ)』(1801年刊)に描かれているように、「河内屋」「油屋」など20軒ちかくの茶店や旅籠(はたご)があり、伊勢参りの人々で賑わいを見せました。峠付近は、石畳と石仏・道しるべ、石燈籠が残り、説明版の横にも「和州矢田山出迎地蔵尊(わしゅうやたやまでむかえじぞうそん)」と刻む万延元年(1860)の道しるべ、磨滅した文政十年代の「おかげ燈籠」があります。







場所は、生駒山山頂の南側になります。大阪市内から、東の生駒山に向って、近鉄奈良線を越えると、急な山道に入り、車で10分ほどで登り切ります。峠まで、道は舗装されていますが、非常に細いですし、細いわりに交通量が意外とありますので、運転には注意が必要です。
峠の近辺には、数軒の古い民家が残ります。山肌を刻むように、畠や田んぼもあり、それほど寂しいところではありません。峠を信貴生駒スカイラインが横切っていますが、高架になっており、峠からスカイラインには入れません。
峠の最上部、100mほどに、石畳が残っています。しかし、車やバイクで走ると、でっこんぼっこんでたいへんですので気をつけましょう。
暗峠の石碑の「暗」の字の中に、あまがえるがちぢこまっていました。安眠を妨害しちゃって、ごめんなさいね~
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