久高島訪問記 其の5 (4)

- ウパーマにとみぃを弔う -

2006年2月25日(土) つづき

とみぃ二世ははたして・・・・

12:00ジャスト。バスターミナルの志喜屋線の10番バス停に着いたとき、そこには誰の人陰もなかった。まだ、バスの発車まで20分ほどあるものの、旅行者であれば、ふつうは余裕を見て早めに来るであろう。

ということは、やはり、昨晩のさかえでの約束は、飲んだ席、その場限りの社交辞令と考えて良いだろう。ま、こちらも、気を使わない一人の方が楽というもの。

そう言えば、いつの間にか、雨も、ほとんど上がってきた。島に渡る頃にはもう少し天気も回復していることだろう。ラッキ~~ などと考えながら、停留所の前でぼ~~としていると、後ろに人の気配がした。

「ん?」と思って振り返ると、とみこが緊張した面持ちでたたずんでいた。

三線をかかえているけど、夜見たときよりもよけいに幼く見え、やっぱり少女といった方が良いぐらいである。

創結マスター(心の声)「え? まじ~!?」

とは思いつつも、顔には出さず(本人は出さないように取り繕ったつもりではあるが、先方には気付かれたやもしれぬ。)、ひととおり挨拶したりしていると、バスがやってきた。

それにしても、はたから見たら親子だな。ま、それならそれで変な目で見られないので助かるのだけど。。。。

志喜屋線バス

バスは定刻12:20に発車した。天気が悪い週末の昼時では、乗客は少なく、私たちの他に一人乗っているだけであった。

バスは、ターミナルを出ると、県庁前を通り、開南、与儀、古波蔵と、市内をぐるっと巡ってから、東に向きを変え、国場、与那原と抜けていく。市内を回るうちに、おおかたの座席は埋まった。

与那原を過ぎると、左手に海が見え始める。このあたりまでくると、市内で乗った乗客は、ほどんど降り、車内は閑散としている。

バスが向きを南に変えると、まもなく馬天である。馬天と言えば、少し前までは、馬天港から久高島行きの船が出ていたという。久高島までは、知名崎をぐるっと回らなければならず、かなりの時間がかかったという。

冬場は、波も荒いし、船も高速艇がまだなかった時代は、さぞやたいへんだったことだろう。

市内を抜けるのに、渋滞にかからなければ、1時間弱であざまサンサンビーチ入口まで到着する。

バスに乗っている間に、とみこに、私が知る久高島の大まかなところについて話した。彼女自身も、岡本太郎の本などで、ある程度の知識は得ているようだった。

ちゃらちゃらした娘さんだったら、どうやって扱おうかと不安だったのだが、思いつきで行きたいと言ったのではないことが分かり、内心ほっとした。

安座真港

バス停から坂を下りると、すぐに海が見えてくる。突きあたりまでくると、右手に港の建物が見える。その向こうには、さんさんビーチが広がるが、冬のこの時期に人影があるはずはない。

船が出るまで、30分ほどあったので、「港のすぐ先の砂浜に行くときれいな貝があるよ~」と教えてあげると、やっぱり少女。喜んで貝拾いに行った。

まもなく、高速艇ニューくだかのエンジン音が聞こえてきた。

チケットを買い、ニューくだかに乗船した。乗客はまばらで、もしかしたら、今まででいちばん空いているかも・・・という状態だった。

船は安座真港の防波堤を抜けると一気に加速して、しぶきを上げながら進んだ。左前方に見えている久高島が、あっという間に近づいてくる。

久しぶりの久高島が、目の前に迫ってきた。左手にいらぶーがまが見えると、船も速度をゆるめた。防波堤を右に眺めつつ、港に入り、まもなく徳仁港に接岸した。

こうして、4年ぶりの久高島の土を踏んだ。  つづく。。。。。

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