歴史探索(5) 出雲大社(おおやしろ)

出雲大社は言わずと知れた島根県は出雲に鎮座するお社。

古事記や日本書紀の神話に出てくる出雲を代表する神社。

ほんの20年ぐらい前までは、出雲地方には考古学的物証が少なく、歴史学者は「日の沈む西の方角を出雲とひとまとめにして表記したのではないか」などと言っていた。しかし、荒神谷遺跡から、358本の銅剣が出土(それまでに国内で発掘された銅剣の全数よりも多い)し、さらに加茂岩倉遺跡からは、銅鐸が39個も一ヶ所から出土し、歴史学者の学説が、根底からひっくり返ってしまった。

そして、極めつけは、2000年の発掘調査で、出雲大社の本殿の下からは、1メートル以上の丸太を3本束ねた古代「宇豆柱」(うずばしら)が、出土し、古代出雲大社は、50メートルを超える高さがあったであろう事が立証されてしまった。

そして、今、歴史学者と言われる人以外が、多数、日本神話の解釈を発表し、興味のある人にとっては、それはそれは楽しみなのであります。

お盆の時期に帰省したついでに、出雲大社まで足をのばそうと言うことになった。それは、60年に一度と言われる遷宮祭で、本殿が特別公開される時期に重なったためでもある。

下調べをあまりきちんとしていなかったために、はずかしながらドレスコードでみごとに引っかかり、現地で緊急調達をする羽目になってしまった。それにしても、ジーンズ生地がだめな割にテロテロの化繊がOKという基準にはもひとつ納得しかねるものでしたが、それは致し方がないと言うことで甘んじて従った次第です。

観光センタに服や靴が売っているというので行ってみても、後日、利用できそうなものではなく、そのくせ妙に高価だったりして買う気が起きず、ゲットした拝観整理券の11時まで、2時間程度の余裕があったので、市内のショッピングセンタまで出向いて衣服、履物を調達した。

地方の小さなスーパーで売っている衣料品と言えば、その品数は想像されよう。主なターゲットは、地元のおばちゃまと一見して分るものばかり。一応、基準内ではあるものを選んだのだけれども、一家5人の服装は、調和などと言うものを無視した仮装行列状態になってしまった。

長女は地味なブラウスに水色のスカートで旅行会社の旗持添乗員、次女はロングスカートに子ども用の黒いブラウスでちょっといきがった姉さん風、奥さまは地味~な黒のスカートの立派な地元のおばちゃん風、ぼうずは田舎の悪坊主、そして私は作業ズボンに女性用の白のシャツという変なおじさんというご一行様となったのであります。

お店のレジのおばちゃんに笑われながらも事情は理解していただき、暑いだろうと言って、お家から持ってきていた凍らせたお茶のペットボトルまで頂いてしまった。それでも、何とか拝観基準だけは満たすことに成功したのでありました。

急いでとって返し、駐車場待ちの渋滞でも、何とか拝観時刻までには大社までもどることができたのでした。

整理券のおかげで、炎天下で長時間待つことはなく、意外とすんなりと本殿を拝観させて頂けたのは、たいへん助かりました。

本殿の天井に描かれた八雲・・・ならぬ七雲は、本殿が建てられた200年以上前のもの(現在の本殿は延享元年(1744年)に建てられた)という割には、非常に鮮明で、予想していたものよりも非常に美しく、大きかったのが、印象的でした。

本殿のまわりは、人であふれていたのですが、その周囲にある摂社は、緑の中で落着いており、凛とした空気と光に包まれていました。

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