- ウパーマにとみぃを弔う -
2006年2月25日(土) つづき
ウプラトゥ(大里家)


集落のいちばん北側にあるウプラトゥに。ここは、集落の中でも、最もほっとする空間。
御嶽が、遠い先祖に繋がる、太古の生活空間に繋がるのに対して、ウプラトゥは、現代の生活に直結する身近さがある。
小さな家の庭には、大きな水桶が。桶と言うよりは、もっと大きなドラム缶ぐらいの円筒形の構造物。かつては、ここに雨水をためて生活に使ってきたのだろう。
今ではここに住む人はいないが、西銘区長が小さな頃は、おばあちゃんが住んでいたと以前聞いた。西銘区長が還暦だから、50年あまり前には、ここも、れっきとした生活空間だったと言うことである。
琉球王朝の時代、首里王府は、祭祀をとりしきる女性聖職者を任命した。
当時、久高島にはムトゥと呼ばれる始祖家が2つあり、集落の西側に久高、東側に外間(ふかま)を中心に家が集まっていた。司祭者を外間ノロ、準司祭者を久高ノロと定めた。ノロはいずれも女性で、世襲。現在は久高ノロは不在と言われている。
ウプラトゥは、久高家、外間家が別れるもっと前の始祖家と言われている。
外間殿(フカマドゥン)


外間ノロが出た家と言われ、以後島の祭祀の主祭場となっている場所。
外間殿には、太陽、月、竜宮、植物、健康、国の創造、そしてその全ての総帥である天の神の7つの神様が祀られている。
久高殿(クダカドゥン)


久高殿の前の広場は、ウドゥンミャーと呼ばれる祭祀の場所。
12年に一度、午の年に行われてきた、島の女性が神女になるという儀式イザイホーが行われるのがここ。イザイホーは、1978年を最後に行われていない。
隣にはイラブー(エラブ海蛇)を燻製にする「バイカン小屋」があり、後ろの森はイザイヤマと呼ばれ、ここも祭場である。

バイカン小屋で行われるイラブーの燻製はしばらく途絶えていたが、数年前に復活してた。これも、久高振興会のみなさんの努力によるものなのか。。。。 つづく。。。。。


