久高島訪問記 其の6 (10)その2

- 心で繋がる旅 序章 -

2008年6月15日(日)

【久高に来た理由を探す旅(午後の部)】

(このパートは、なぜか、かなり記憶が曖昧なのです。覚えている方は、何でも良いのでキーワードを提供してくださいね。)

遠い記憶がよみがえる

何度か起きたり寝たりを繰り返しただろうか。時計を見ると午後2時ぐらいだった。まだ、次の行動を始めるには時間があるのだが、目が覚めてしまった。KHさんの姿は既に無い。

庭に出ると、風が頬に気持ちよかった。あの木のベンチに腰をかけた。

意識は、遠い過去の記憶に飛んだ。

夏休み、昼寝から目覚めたときの重だるいような、けだるい身体を横たえたまま、網戸越しに外を眺めている、そんな風景が頭に浮かんだ。

戻ってから、しばらくはなおばぁと話をしていたIT美さんは、まだ夢の中なのだろう。

午前中のことが、まるで夢のように思い出される。本当に夢だったのでは・・とさえ思えてくるぐらい、現実感のない経験だったような気がする。しかし、デジカメには、撮った写真は確かに残っている。

ちょっとピザ浜あたりまでいってみようか・・・と思い、さわさんの裏手のあたりまで行きかけたのだが、何となくやめた方が良いような気がして、引き返した。

部屋に戻り、少し片付けなどしていると、KHさんが帰ってきた。近所を散歩していたという。

さあて、そろそろ第二ラウンドの準備の取りかかろうかねぇ。

いざ出発

午後は、どこをどのように回るかまだ決まっていない。ただ、可能であれば、ロマンスロードの浜で少しはシュノーケリングなどもやりたいと思っていたので、水着を下にはいて出かけることにする。IT美さんとKHさんも、一応は水着を準備してから出かける。

さわさんまでTS子さんを迎えに行こうと西銘を出たとき、忘れ物に気付いた。

そうだ。今回は、とみぃのクリスタルをウパーマに捧げるために持ってきていたのだった。急いで西銘にとって返し、クリスタルを準備した。

さわに着くと、まだ、TS子さんは準備ができていなかった。その理由は、TS子さん曰く以下のとおりである。

さわさんに戻ってからの片付けは、たいした時間かからなかった。すぐに寝付いて、はっと目覚めたら・・・3時。でも、TS子さんは記憶が飛んでいた。何をどう約束したかさえ、思い出せずあせっていた。・・・朝から自分の顔じゃないと思っていた顔は、休んだら自分の顔に戻っていたけれど。。。どうなっていたのだろう。

水でシャワーして、急いで浴衣を着ていたら、IT美さんがやってきた。なにも思い出せないほど、エネルギー使ったのだろうか?不思議だった。

みなが揃ったところで、いざ出発。

さて、どこに行くのか。こういうときは、やはり、伊敷浜か。そう言えば、TS子さんは、ブレスを前日、洗い清めていなかった。それに、午前中には、穢れたところにもたくさん足を踏み入れたため、パワーストーンもずいぶん疲れているに違いない。

集落を抜け、留学センタの前で中をのぞくと、今日はひと気がある。大人がたくさんいる。これは、留学生の親御さんがみえているなと理解。顔をのぞかせると、すぐに坂本さんが出てきてくれたが、あまり時間をとらせるのも迷惑と思い、残波を渡しただけで、そそくさと退散した。

おかげで、建物のまわりにたくさん実っていた緑色の実の正体を確認することさえできなかった。残念。

伊敷浜

浜に入って、波打際で、みなでブレスを海水に浸すと、きらきら☆

ブレスさんブレスさん、久高島に来て以来、ずっとお疲れでしょう。ほんのちょっとの時間ですが、ゆっくり休んで、パワーを蓄えてくださいね~~

浜をあとにするときに、入口の御嶽でご挨拶。

三代神様と天露之命(みるく)神

東の道を歩いていると、外人さんを含んだ4人組が自転車で追い越していった。

しばらく歩くと、ダイコンの木が。それにしても、ダイコンは放っておくと木に育つのか。枝分かれまでしているもの、ダイコンから二本の木が生えているものなどがある。思わず写真に収めてしまう。

道を歩いていると、IT美さんが突然声を上げた。「ここや!!」

見ると、左手に、畠を横切るように細い道がある。

ここは、前日に潔さんとお話していた時に、IT美さんが絶対に行かないといけないってビジョンが浮かんだ場所だった。だから、潔さんとお話しているときに、何度も「畑の中の・・・」を確認した。でも、朝はくもの巣結界が激しくて(と同時に空ばっかりみていて)見逃して、通り過ぎてしまった処だった。

私は、ここは、今まで一度も入ったことのない場所だった。

畠を横切り先に進むと、森になった。さらに進むと、「久高島 三代神様御成育」と掘られた石碑の建つ広場に出た。

どの御嶽も、どちらかというと、乾いたイメージの強いのだが、ここは、極めて湿っぽい雰囲気だった。

石碑の前で、みなでうがんした。

TS子さんは、さらに奥にあるとい、ずんずんと進んでいく。

すると、より古い丸い石碑があった。そこには、「天露之命神」と掘られており、その右側に、読み仮名ように「ミルク」と掘られていた。

久高島の中では、このように、文字を掘った石碑を見たことがなかったので、他の場所とは、かなり違うイメージに映った。

ミルク神の前では、各自が、一人ずつ、うがんした方が良いとTS子さんが言う。
TS子さん、私、IT美さん、KHさんの順でうがんした。

IT美さんは、ミルク神の石碑の右手には、いっぱい巫女さんがいそうな感覚があるという。と同時に石碑右手からはすごく高い歌声が聞こえてきたとも。(卓さんから後日この石碑の横にはおばあが座っていて謳っていたことを聞かされた)

IT美さんは、一筋の光が石碑の中心から天に昇っていくのを見た。TS子さんとIT美さんは、石碑の前は気持ちよかったと。(蚊が多かったけど・・・)

私は、細かいポイントとして感じることができていなかった(感覚の解像度が悪い)。この場所全体の平均的な感覚しか得られないような気がする。全体として、ここはそれほどの気持ちの良さが感じられなかった。私が全体として感じたのは、その左手の石灰岩のあたりから来る負のエネルギーのような、どちらかというと、気持ちの悪いイメージだった。

石碑の左手には、黒い石灰岩の荒々しい岩肌が、たくさん露出していた。そこに対しては、TS子さんも、IT美さんもウニョウニョと暗い気がいっぱい満ちているのを感じていたようだ。

TS子さんは、以前、潔さんに連れられてここに来たときには、石灰岩のガマから強く感じられる悲しみのようなもののために、石碑の前まで近づくことができなかったという。

TS子さんは、それは、戦争当時、この石灰岩のガマで多くの人が、亡くなったためと言う。それは、久高島の他の場所で感じられたものより、時代的にはずっとずっと新しいもの。そう。ひめゆりなどの、南部戦跡で感じられる圧迫感と共通する感じだと思った。

写真を撮っていいものかどうか、かなり迷ったのだけど、記憶する自信がなかったので、神様にお断りして、うがんが終わってから、最低限の写真だけ撮らせて頂いた。

TS子さんと、IT美さんは、どちらかというと、居心地が良い空間だったという。
しかし、私には、あまり、居心地の良い感じがしなかったのは、なぜなのだろうか。
KHさんは、どのように感じていたか。あまり感想を聞けなかった。

ウパーマでとみぃに別れを告げる

ミルク神の御嶽を出たところで、みなにウパーマに行きたいと告げた。実は、今回、前回、交流館で同宿となったご夫婦から、とみぃのために捧げてくださいと預かったファントムクリスタルがある。その時はウパーマに立ち寄れなかったために私の手元に残ってしまっていた。

今回は、それをとみぃに届ける使命も持ってきていたのだ。

みなは、快く、同意してくれた。でも、ここからウパーマまでは、ずいぶん距離があるんだ。また、たくさん歩かせてしまって、たいへん申し訳ない。

ようやくウパーマまでたどり着いた。

ウパーマの入口は、2箇所ある。ひとつは、伊敷浜のように防風林の丘を抜けるコース。もうひとつは、植物群生の違いを表示する立て札のところから、U字溝のフタの上を進むコース。

2回目に訪問したときに、釣りをするために、地元の漁師さんに案内されて、夜中通ったのが、後者だったので、そっちの方が歩きやすいと思っていた。

しかし、2年半前に比べると、周囲の植物が、やたらに成長して枝を張り、とても通りづらくなっていた。最近は、あまり人が通っていない印象を受けた。

浴衣にぞうり履きだったTS子さんには、悪いことをしたと反省。

浜に出たところに、コンクリートの大きな土管があった。そのそばで、TS子さんが所用をするという。最後までKHさんがTS子さんをエスコートしていたが、IT美さんと私は、先に浜に降りた。

KHさんがTS子さんから離れた、ちょうどその時、伊敷浜の方から、さっき、東の道を歩いているときに自転車で追い越して行った、外人さんを含んだ4人組が、土管の方に近づいてきた。

ま、ま、まずい! しかし、私たちは、遠くに離れすぎてしまった。KHさんが気付き、慌てて四人組を制止させに走ったが、運悪く、四人組の先頭が外人さんだった。日本のジェスチャー、ストレートに言えない言葉のニュアンスが、うまく伝わらない。

チャララ~~~ン!

さあ~~~窮地に陥ったTS子さん、どうやってこの場を切り抜けるか~~~~

幸いにして、もう一歩というところで、先頭を歩いていた外人さんが気付いてくれた。息を止めて見守っていた我々一同、胸をなで下ろしたのであった。

ほ~~~っ!

しばらくして、大笑いしながらTS子さんが、波打ち際にいた私たちのところまでやってきた。危機一髪やったな~

私は、大切に持ってきたクリスタルを取り出し、岩の上に置いた。そこで、ていねいに最後のご挨拶をし、そして、勢いを付けて海に向かって投げ入れた。

「受け取れ! とみぃ」

そして、みなでうがんした。

何か、ちょっとすっきりした。午前中に比べれば、ずいぶんとやり残し感も和らぎ、少しは達成感が得られた。

ウパーマには、特に御嶽があるわけではないので、うがん場所ではない。だけど、午後のお務めでは、ここが最後の場所かなという気がした。

みんなで新城先生が差し入れてくださったジュース飲んだ。とてもおいしかった。

謎解き その2

午後、うがんした場所を振り返ると、

  1. 伊敷浜
  2. 三代神様
  3. 天露之命(みるく)神
  4. ウパーマ

そう。四ヶ所になる。

つまりは、午前中の四ヶ所と合わせて、全部で八ヶ所でうがんしたことになる。

TS子さんが啓示を受けた「8」とは、この数字だったのだろうか。午前中のやり残し感から比べれば、この理解は、かなりすんなりと受け入れられる気がした。

プライベートビーチで禊ぎ払いする

卓さん一行は、最終の船で久高入りする予定という。到着は、港に出迎えなければならない。船の到着は17時50分ぐらいである。

ウパーマを出た時点で、16時半を回っていた。まっすぐ港に向かえば45分もあれば余裕だろう。多少は、海に浸かるぐらいの時間があるかもしれない。

ウパーマから、今度は、溜池の右側の道をロマンスロードに向かうことにする。

ロマンスロードは、西海岸の絶壁の上の遊歩道。夕日がきれいにみえるはず。

ところが、2年半の間に、ずいぶんと風景が変わり、雰囲気も激変していた。

ロマンスロードの両脇の植物が、みごとに育ち、両側は、人の背丈よりも大きくなってしまっていた。よって、海が見えないどころか、植物に囲まれて、ちょっと暗いイメージまで。

これは・・・・・カップルで歩くには、何か、下心があると思われるような道になってしまったのでは・・・と、思ってしまうのであった。

しばらく歩くと、先に浜に下りるハシゴが見えた。時計を見ると、何とか15~20分程度は余裕がありそうだ。

IT美さんは、さかんに私にシュノーケルしてシャコ貝に再会しろとけしかけてくる。ここまで来たのだから、当然、入るっしょ。

はしごを2つ降りて、大岩の上に。さらに、岩の間を伝って、下まで降りた。潮は、かなり満ちているのか、砂浜がほとんど無く、岩のすぐ下まで波が寄せている。

それでも、水着は着てきたので、上着を脱ぐだけである。とっとと服を脱いで、水中メガネをかけて、海に入った。

ひ~~~~! ちべたい。。。。。。

海の水は、予想外に冷たかった。

それでも、しばらく浸かっていれば、何とか慣れそうだ。

意を決して、首まで浸かった。。。。!!

気持ちえぇ~~~~

考えたら、海水浴は久しぶりや。しかも、底まで見えるような透き通った海である。さらに、われわれ以外には、誰ひとりといないプライベートビーチや。これほどの贅沢があろうか!!

さっそく、シュノーケルを加えて海中散歩・・・のつもりが、久しぶりで、シュノーケルの使い方忘れてる。いきなり、しこたま海水を飲んでむせるむせる。。。。
涙まで出ちまった。(;_;)

そうこうしていると、初めは見てるだけのつもりだった、KHさんと、IT美さんも我慢できなくなったのか、水着になって海に入ってきた。

KHさんは、ピチピチぱっつんの競泳用。IT美さんは、オレンジ色のセパレートで、とってもかわいかった。でも、TS子さんは、岩の上でほほえみながら見守るだけだった。TS子さんの水着姿を見られなかったのは、ちょっと残念。

KHさんが、冷たいと縮こまって立っているので、海水シャワーをたくさんかけてあげた。

ここの海に入ったのは、2002年6月以来だから6年ぶりである。海底には、すぐ手が届くぐらいのところまで珊瑚があふれ、きれいな原色の熱帯魚が、その間を泳いでいる印象があった。

しかし、今回、実際に潜ってみた印象は、灰色の海底だった。魚は多少泳いでいたが、珊瑚の美しい色は、どこにも確認することができなかった。

これは、印象の違いばかりではない。温暖化の影響なのか、事実として海が変わってしまっているのだと思った。大きなショックであった。

ほんの20分ほどだったが、全身を身体の中から清められた気がした。

「そうや。これは禊ぎそのものや!」と、海から上がって、初めて気付いた。

KHさんは、海から上がると、「この海は、上がってもべたべたせぇへん」と盛んに感心していたのが、印象的やった。

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