- 記念日を神の島で過ごす -
○2002年6月3日
写真は交流館の屋上から東のピザ浜、南の集落、カベールへ続く道。



夕べの宴会の余韻
翌日は、朝早くから子ども達にたたき起こされたのは言うまでもないが、脳みそを絞ったら島酒が出てくるような状態で、つらい。。。。夕べのペアはまだ夢の中か。
夕べのことは、まるで夢の中のようで、ぼんやりとしている。(島酒飲み過ぎるといつものことってか(^_^ゞ)
交流館の屋上から島を一望する
天気は最高。交流館の屋上に上がり、久高島を見渡した。南には森の向こうに水道塔がありその向こうが集落。海の向こうには斎場御嶽のある知念村(今は南城市)。東は猫の楽園、ピザ浜。北には工事中のグラウンドとその向こうの工事中の牧場。そして西は後生(ぐそう)。
青い空を見上げると、頭の中もくらくら回った。
島一周
交流館には朝食はない。(今は、事前予約すると作ってくれます)
で、朝食をどうしたか。。。。何か持って行ったんだったっけかなぁ・・・・
覚えていない。ま、いいや。
港まで戻って貸し自転車をみんなで借りた。いつものように時計と反対回りで島を一周することに。一周っていっても、南北3キロ程度の柿の種のような小さな島だ。
途中のウパーマで、しばし貝拾い、星砂拾いなどをする。
そして、最北端のカベール岬に向かう。
写真は、カベール岬、カベール岬から本島、黒い軸の植物。



カベール岬
カベール岬は、この時期としては珍しく、結構波が高かった。岩の割れ目から、時たま、噴水のようにしぶきが上がる。それがシャワーのようで気持ちいい。
西を見れば、遠くにかすんで本島が見える。
岩の上には、張り付くように、小さな植物が。。。。軸が黒い植物。。。。
一体何というのだろう。石灰質の岩も黒いから、さぞや太陽の熱で焼かれることだろう。そう言う中で必死に生存していくためには、軸を炭のように黒くして身を守らなければならないと言うことか。
岩から砂地に変わるところには、葉っぱの上にうっすらと微毛の生えたモンパノキが茂っている。
ロマンスロード
カベールへの一本道をウパーマ浜の近くまで戻ると、貯水池の脇を通る西に延びる道がある。ここを西に向かうと、しばらくして海岸線に向かう遊歩道に出る。
ここが、ロマンスロードと命名されている眺めのよい遊歩道。6月と言えば、太陽が最も高くなる季節。でも、午前中は、まだ吹く風も心地よい。
そして本島に
そうは言いつつ、帰りの飛行機の時間の関係で、あまりゆっくりしていられず、駆け足で、クボー御嶽の前で手を合わせて、西海岸の後生(ぐそう:お墓)のあたりは駆け抜け、交流館まで帰ってきた。
あ・・・・船の時間が迫っている。とっとと帰り支度をして、自転車で港まで急ごうとしたら、西銘館長が、車で送るよと言ってくださった。
でも、自転車も返さないといけないし。。。と言うと、あとで返しておいてくれるという。う・・・申し訳ないと思ったけど、言葉に甘えることにした。
帰りは、行きのフェリーとは違う高速艇ニューくだか。館長さんに見送られながら、記念日の久高島旅行は幕を閉じた。
思えば、前年の11月に、初めて久高を訪れ、次にいつ来られるかと思っていながら、半年後には家族揃って3回目の訪問となっている。なぜだか分からないけれど、この先、久高島と私の関係は、どのように発展していくのだろう。
写真は、ロマンスロードから見た西海岸(南向き)、同(北向き)、クボー御嶽の入口。





