久高島訪問記 其の4 (1)

- 神の島をパンツで泳ぐ -

2002年6月18日(火)

プロローグ

当時の仕事についてちょっとふれておこう。当時は、本務が東京の業務と、沖縄の兼務という状況。東京の仕事は、札幌、仙台、長野、新潟、東京、名古屋、大阪、広島、松山、福岡、那覇にあるオフィスの総括業務。兼務として、沖縄の那覇オフィスの所長という状況だった。所長と言っても、自分ともう一人しかいない小さなもの。

月のうち、第1週目と第3週目に、沖縄のオフィスに、それ以外を東京のオフィスというのが基本ではあったが、全国のオフィスにもたびたび出向かなければならないという状況。

思い返せば、当時から、全国のあっちこっちに行く宿命を負っていたのかと今更ながら思う。

このときも、沖縄入りする前に、愛媛の松山のオフィスでひとつやっつけなければならない仕事があった。松山のオフィスは、2001/10/6の鳥取県西部地震の時に、ほとんどの窓ガラスにひびが入ったところ。山陰の震源地なのに、四国まで大きくゆれたことに驚かされた。

そう言えば、鳥取地震のちょうどその起きた瞬間に、広島のオフィスと電話で話をしていた。先方が「あ・・・地震だ」と、言ったかと思う
と「あぁ・・・・でかい。。。ま、ま、まずいよ・・・・うわ~~~~
切る!(ガチャ)」という状況で、あわててTVを付けたら、まもなく地震速報が入り、その規模の大きさに周りの皆と、騒然としたのを思い出す。
広島のオフィスは、それほどの被害が出なかったと言うが、より遠くの松山で大きな被害が出たというのは不思議なところだ。

2002年6月19日(水)

沖縄入り

松山の仕事を何とか片付け、福岡経由で沖縄入りすることとなった。
19日は、那覇に夜入るだけ。よって、おきまりの山羊料理さかえに立ち寄ったのは言うまでもない。

前ぶりだけで終わってしまった。。。。

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