箸墓古墳が、脚光を浴びているみたいですね。

築造年代が放射性炭素年代測定法で240~260年頃と特定されたという。
邪馬台国の卑弥呼の没年が248年と言われているため、ちょうどその時期にこの古墳が作られた可能性が高いという。
箸墓古墳は、纒向(まきむく)遺跡の中心に近いところにある、一番古い時代の前方後円墳。前期前方後円墳は、後円部に対して前方部が小さく、頭でっかちな形状をしている。
中学の修学旅行の時に、バスガイドさんが、卑弥呼の墓という言い伝えもあると教えてくれたのをなぜか鮮明に覚えている。
一方、第7代の孝霊天皇の娘さんと言われる倭迹迹日百襲媛命(やまとととひももそひめのみこと、生没年不詳)が、だんなの大物主(おおものぬし)神(三輪山の神様)の正体が蛇であることを知って、驚き、女性の陰部を箸で突いて死んだと言われる伝説がある。今は、宮内庁管理になっており、立ち入りは禁止されている。
少し前に、訪問したときの写真を紹介します。





昔は、周囲を堀に囲まれていたのか、今でも北側には溜池がある。行ったときには、水がほとんど干上がり、亀の白骨化死体が・・・・


古墳の一角に、食い込むように民家が建っている。住宅街の中程にある割には、うっそうとした未整備の森という感じ。私は、このようなところに住む勇気はありません。。。
むやみ、やたらに立ち入って荒すのはもってのほかですが、かしこみかしこみ、前に立ち、太古の声を聞いてみたいところではあります。


