- ウパーマにとみぃを弔う -
写真は、りっぱなたまちゃんを見せてくれるさつえあんまー、これまたりっぱなきもを見せてくれるなおみねぇねぇ、向うを向いているのがイザイホーの生き証人Nさん。



●2006年2月24日(金) つづき
ある常連さんの他界
そういえば、いつも開店の16時ぐらいからカウンターの隅に陣取っていた常連Kさんの姿が見えない。どうしたのかと聞くと、瞬間、みなの表情がこわばった。
まさか、また、さつえさんが啖呵切って追出したんでは・・・・と一瞬不安になった(この一件は、そのうち機会があればご紹介します)が、間を置いてさつえさんが話し始めた。
Kさんは、ちょうど一月前ぐらいに亡くなったという。脳梗塞だったと。最近は、ようやく落着いてきたところだと。
Kさんといえば、優しい笑顔がすてきな方だった。カウンター席が満席の時は、うしろの小さなテーブルでカウンター席があくのを待つことになる。そう言うときは、早めに席を立って譲ってくれるような優しい方だった。また、私が、一家総出でうかがったときも、あれやこれやと面倒を見てくださった。
うちなーんちゅの常連さんには、おじぃが多いので、こういう事もあるとは思っていたが、まさか、あのいちばん優しいKさんが亡くなるとは思っていなかったので、ちょっとショックだった。
合掌。。。。。
久高島の話題
さかえでは、今まで、久高島の話はしたことがなかった。が、今回は、のっけから話題に上り、かつ、意外と、常連さん達もよくご存じな事には驚いた。仕事でお付合いしていた方々は、うちなーんちゅでも、それほど、久高島のことを知らない場合が多い。
さかえの常連さんは、やっぱり、ちょっと違うのか。こんなとこにも、久高のつながりを感じた。
三線のとみこさんも交えて、久高島の話になった。
そして、私が、翌日久高に行くことを伝えると、ぜひ連れて行って欲しいという。
創結マスター(心の声)「おいおい。見ず知らずのおっちゃんに、そんなこと、いきなり頼んで、だいじょうぶかぁ。このお嬢さんは。。。」
それでも、呑んだ席での話。とりあえずは、翌日午前×時に、那覇バスセンターの志喜屋線の停留所で待ち合せる約束をした。
さかえの夜は更けて
さかえの夜は早い。一応は、23時が閉店時間。ほんでも、なおみさんがお店に出ているときには、お客さんを追出したりはしないので、ずるずると遅くなるときもある。
でも、常連さんが多いときには、お店の都合をよく知っている常連さんが、閉店時間に併せて席を立ち始める。
私も、席を立とうとすると、なおみさんが二階に上がっていたさつえさんに声をかけた。すると、さつえさんがおっきな荷物を抱えて降りてきた。私への土産だという。
その荷物は、とても、ぶら下げて島に渡ったりできるほどの大きさではないほどであり、、2日後にもう一度さかえにくると約束し、それまで預かってもらうことにする。
お会計は、いつものごとく、微々たる額・・・・なんてことになるので、額を言われる前に、2日後の分もまとめてと言って1枚渡した。毎度のごとく、うっちんちゃを手土産にいただき、さかえをあとにした。 つづく。。。。


