久高島訪問記 其の6 (4)

- 心で繋がる旅 序章 -

1008年6月12日(木)

ゆいレールで牧志へ

ゆいレールの乗るのは今回が2度目。私が仕事で通っていた時代、2001~2002年当時はまだ工事真っ盛り、飲み屋さんにも、ゆいレールの工事関係者があふれていた。

那覇のタクシーは、運ちゃんがおじぃばかりで、結構スリリング。渋滞の有名な那覇で日夜腕を磨いているのだから、確かだとは思うのであるが、それでも乗るには勇気がいる。

でも、ゆいレールのおかげで、タクシーは、大きな打撃を受けたことと思うとちょっと複雑。

駅の造りは、来るときに神戸で乗ったポートライナーとよく似ている。通りの上に駅があり、そこから歩道に繋がる階段で下りる。

牧志駅から牧志交番までは歩いても2~3分の距離。久しぶりの国際通りは、夏休み前の閑散期といえども、やはり賑やかである。歩道が広くなり、全体的に明るくなった印象を受ける。

こうして、きれいに化粧替えされ、女性がパンプスで歩けるようにしないと観光地として成り立たない面があるのだろうと思いつつも、ぐちゃぐちゃなんでも有りの過去が懐かしかったりもする。

まさか、農連市場までがこぎれいな商店に衣替えしてしまったとしたら、二度と足を踏み入れないだろうと思ってしまう。

そんなことを考えながら歩くと、そこはもう竜宮通りの入口。華やかな国際通りから、昭和の場末の飲み屋街に一気に姿を変えるこの周辺、なぜか、引きつけられるものがある。

そう言えば、親父の実家、盛岡の南大通り裏の一角にもこれと似たような雰囲気が漂っていた。子どもの頃、朝実家の外に出ると、ようやく活動を終えた一種独特の街の静けさが夜の香りを漂わせつつ浮遊している。そんな雰囲気を持つところである。

●さかえ山羊フルコース

さかえさんの低いとびらを頭をかがめながら『ただいま~』とお店に入ると、すかさずなおみねぇねぇが、『待ってたさ~ 特等席、準備してあるよ!』と言って、カウンター一番奥の席にまねいてくれた。カウンターには、どちらかというと中年以上の方々が陣取っている。いつもの光景である。

さかえさんは、去年までは「山羊料理さかえ」だった。山羊は、沖縄では、比較的ポピュラーな食材。ただ、一般庶民が普通食べるものではない。子どもが成人したときなど、親族郎党に振る舞うためにつぶすのが正当な利用法・・・・らしい。

かつては、山羊は、どの家庭でも飼っていたという。沖縄では、漁をする生活が一般的であり、サバニと呼ばれる小舟で漁に出る。小舟なので、簡単にひっくり返ってしまう。そこで、重しのために山羊を乗せたという。山羊は、ゆれても、器用に重心を移動して船がひっくり返るのを防いでくれるという。さらに、お乳も出すし、いざというときには、食材にもなってくれるという。極めて有用な家畜だったそうだ。

那覇には、そういう山羊料理のお店がたくさんある。しかし、独特の匂いがあるため、慣れないとなかなか食べられるものではない。悪い店では、肉をきちんと洗わず、わざと匂いをきつくして出していると思われるような店もある。

私も、沖縄に通い始めた当時、山羊(ひーじゃ)を、トライしてみようと思って、いろいろとお店を物色してみた。その中で、丁寧に洗っているので、匂いが少なく、食べやすいと紹介されていたのがこのさかえである。

さつえさんは、非常に食材にはこだわりを持つ方で、山羊肉は決まった卸業者からしか買わなかった。そして、徹底的に洗って、匂いを消して調理した。そんな手間暇をかけて準備するのは、たいへんな重労働。なので、数年前から、そろそろリタイアするという話は、何度か聞いていた。

たまにしか行けない客の身としては、残念とは思うものの、続けて欲しいとは言い出せなかった。

そんなおり、卸業者が廃業したという。新しい業者を見つけることはせず、山羊料理の看板を下ろしたという。さつえさんなりのこだわりの結論だったのだろう。

そして、「沖縄家庭料理さかえ」で再出発したという。

それらの事情を、事前に聞いていたので、山羊には期待していなかったのだけど、私が行く日を事前に連絡しておいたら、さつえさんがわざわざ市場で良さそうな山羊を仕入れてきてくれていた。熱烈感謝である。

お刺身だけではなく、なんと、新鮮でぷりぷりのたまちゃんまで。実は、今まで、何度か、たまちゃんを頂いたことはあるが、これほど新鮮でぷりぷりのは初めてだった。ちょっとは身につまされつつ、おいしさに感動。

お店に入ったのが、既に22時過ぎだった。23時までの営業時間を延長して、24時過ぎまであけていてくれたなおみさんに感謝。お座敷のグループが解散したのを契機に、ちょっとだけ後片付けのお手伝いをしてさかえを後にした。今日はうっちん茶を3本も持たされてしまった。

壺屋のお宿

本日のお宿は、壺屋の入口のお安いビジネスホテル。でも、平和通りのアーケードを抜けるとすぐのところにあるので、雨に濡れずに行けるのがとても気に入って以前から何度か利用している。

一応、連絡は入れておいたのだけど、結局午前様になってしまった。申し訳ない。
などと、思いながら歩いている、何と、道に迷ってしまった。うかつだった。2年半の間に、グランドオリオン通りのさらに一筋奥に、新しい車道ができていた。あれっ・・・と思っているうちに、壺屋に迷い込んでしまった。

壺屋は、焼き物で有名なところだが、道が狭くくねくねと曲がって入り組み、さらに坂もきつく、下手に入り込むと必ず迷ってしまう。私にとっては、鬼門のような一角なのだ。

案の定、どこを歩いているか、訳が分からなくなってしまった。

何とか、車道に出たけど、どこだか分からない。周りを見ると、どこから出てきたのか、ナイトガールがそこかしこに。ガールとは、少々失礼か。妙齢のおばぁの領域の女性達が道ばたに腰掛けている。しかし、こんな裏通りの午前1時ごろ。道行く者も少ない中で果たして商売になるのだろうか。なんてことを考えていては、
いつまで経ってもお宿に着かないじゃないか~~~~

ちょうど良い具合にナイトガールのひとりが声をかけてきた。

ガール「おにいさん!」

創結マスター「(おっ!強烈!!年齢はさつえさんと良い勝負やでぇ)」

ガ「これから、いかが~」

創「えらいすんまへんが、国際通りはどっちでっしゃろ?」

ガ「(ちょっとがっかりした表情)そうねぇ~、この道をまっすぐ行って3つめの信号よ」

創「おおきに!」

国際通りまで出れば、何とか復帰できるだろうと。ところが、この道案内、とんでもなかった。2つめの信号が、開南の裏手だった。開南周辺は歩き慣れているので、何とか復帰できたが、下手すりゃ朝までさまようことになりかねんところやった。

教訓。『ナイトガールの道案内は信用したらあきまへん』

開南からアーケード街を通り、何とかお宿に到着したのは、午前1時を回った頃だった。お宿では、待ちくたびれたお宿のお姉さんが、ソファーに座りうつらうつらしているところだった。

遅くなってしまったことを丁寧にお詫びして、チェックインしたのでありました。

が、すぐには寝られなかった。そうや。今日は、計画では、洗濯せなあかんやってん。。。こうして、お風呂あがりに、ホテルの部屋で真夜中にひとり寂しくお洗濯をしているかわいそうな創結マスターやったのでした。

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