天王寺区東高津町のちょっと東、鶴橋の駅の近くにあるのが、比賣許曾(ひめこそ)神社。そして、すぐ西の谷町九丁目の駅の近くには、高津宮がある。ここも結構古い由緒正しい神社。そして、高津宮の本殿のすぐ左にある摂社が、比売古曽(ひめこそ)神社。
比売古曽(ひめこそ)とは、いったいなんでしょう。
これは、あるお姫様のことのようです。
古事記に書かれていること。
新羅の王子、天の日矛(あめのひぼこ)が、とあることから入手した赤い玉から生れた生れたお姫様を妻にした。しかし、だんだんと横暴をふるうようになった天の日矛に嫌気がさして、親の国に帰りますと言って、難波に逃げてきた妻が比売古曽神社の祭神になったという。
追いかけてきた天の日矛は、難波には入れず、仕方なく但馬にいき、そこでめとった奥さまが産んだのが神功皇后の先祖に当るという。
日本書紀にも、似たような話がでている。
第十代、崇神(すじん)天皇の時代、崇神天皇をしたって、朝鮮半島南部の伽耶(かや)の王子、ツヌガアラシトがやってきたという。別伝では、ツヌガアラシトは、石から生れた妻を追ってきたという。その妻が、難波の比売古曽神社の祭神になったという。
いずれにせよ、ヤマト建国前後にできたと考えられる、由緒正しい神社が比売古曽神社と言うことになる。
古代日本では、上町大地が海に半島のように突出していたと言われ、元々の比売古曽神社は、低い高津宮ではなく、鶴橋の方であったと考えられているらしい。
鶴橋の神社は、ちょうどお祭で、さらしを巻いたお姉様方がおへそを出してうろうろしていていたので、あまり写真を撮ることができませんでした。ほっとした顔

高津宮摂社の比売古曽神社





一方、高津宮には、上町大地に上る「悪縁を絶つ坂」や「縁結びの坂」がある。縁結びの坂は、両側に同じような階段が付いて二等辺三角形に見え、両側から上ってちょうど頂点で出会えると、縁が結ばれると言われている。
高津宮にある坂





こういう場所が点在している大阪は、古代日本ファンにとっては、たまらない場所ですねぇ~


