久高島訪問記 其の4 (7)

- 神の島をパンツで泳ぐ -

2002年6月21日(金) つづき

久高んちゅ

前回の訪問時に、交流館にストックされていた泡盛のボトルを2本も空けてしまったため、今回は、私のお気に入りのお酒「高千代 純」という純米吟醸酒1升便をかついで来た。さっそく、西銘館長に渡した。今晩、一緒に飲めるかな~などと思っていたら、奥にしまわれてしまって、残念。

夕食のあと、館長と、久高島のことなど、少しお話しした。館長は、久高島出身、本島で某メーカに勤めていたが、退職後、久高に戻る。私の頂いた名刺には、久高島振興会副会長の肩書きがある。ところで、久高島には、西銘姓が多く、名前で呼ぶ場合が多い。

大里家(ウプラトゥ)とは、草分家(ムトゥ)でも最も古い家。館長の幼少時代はおばあちゃんが住まわれていたという。レストランとくじんで働く白髪めがねの上品なおばぁ(真栄田 苗さん)が大里家の子孫とのこと。古い久高島の案内のパンフレットの絵は、彼女が描いたと、直接聞いた。一番最初に訪れたときに、レストランとくじんでお宿を聞きながらパンフレットを見せたら、「あらぁ~、まだこの絵使っているのね」とおっしゃっていた。彼女とは、あまり話はしたことがないが、久高オデッセイにもたくさん映っている。

その他、外間(ふかま)家と久高家のこと。後継者不在により、イザイホーの存続が危ういことなど、少し、久高島のことをお聞きした。

古いパンフレットより。

大里家

第一尚氏王統七代の尚徳王が喜界島征伐後、凱旋報告のために来島されたとき、当家の美人クニチャサ祝女に惚れ、長い間同棲した所で、王が首里城を忘れている内に、首里城では革命が起こり、急いで帰途についたが、内間高びしで魚釣りの漁師により王朝は転覆して尚円王(金丸)が王位についたとの話を聞き、そこで、尚徳王は海に身を投げたと伝えられている。第2次大戦の前は、王の遺品である金の箸もあったが、戦時中献金として政府に献上された。

さらに、その後、久高島山村留学代表の坂本清治さんが、ちょうどおられると言うことで、少しお話しさせていただいた。そのときのメモが出てきたので、以下に添付する。

・日時:2002/6/21(金) 21:20-23:00
・参加者:久高島山村留学センター代表 坂本清治、創結マスター

  1. 日本の根本的問題として青少年が正常に育っていない。
  2. 日本の現在の政治は、バブリーな高度成長を再現させようとしているが、既に明らかとなっている近い将来の人口減少、高齢化などの状況を正しく理解し、身の丈にあった経済状況を狙うべき。その中心となる子供たちが、今、心身ともに健康に育っていない現状は、たいへん憂えべき状況であり、本来であれば国が本気で取り組むべき課題であるはずなのに、実態は国は何もせず、民間の志を持つ本の少数の人のボランティアベースで活動が始まっている状況である。この状況は、絶対に変えなければならない。
  3. 賢治の会。宮沢賢治の志を持つ人を育てるという会。本部は立川。
    ロールプレイングを行い、各自が諸々の役割を演じることにより視野を広げる。本来は、人を育てることが本務の教師がもっとこういう取り組みをしなければならないはずなのに、親のやらなければならないことさえ教師に押しつけている現状では、とても行うことが出来ない状況。
  4. 育てる会。三鷹駅北口前にある。30年前から、山村の人との関わりや、自然との関わりを通して、子供の感情、人間関係を成長させるという試みを行っている。一部の業界には活動を評価されており、活動資金の提供を受けている。全国で、同様の試みを行っているが、ここ以外は全て個人が中心の民間の活動である。予算的にも極めて厳しく、志を持つ個人が何とか運営している状況である。
  5. 久高島山村留学センターでの生徒募集は、昨年度は初年度ということもあり、試行錯誤で、新聞広告を出し14名の生徒を集めた。今年度はインターネットでのみ実施。それでも、受け入れ許容量の14名を大幅にオーバーし、既に50名以上断っている状況。14名は、久高小中学校の受け入れ許容量の限界による。
  6. 本来、14-5名では、効果を出すことは難しい。より、多くの子供たちに経験させ、心身を素直にかつたくましく育てないといけない。が、現状の個人運営では、14名が限度。
  7. 久高島では、当初、山村留学を受け入れることに対して反対意見が多かったが、最終的には受け入れざるを得ない状況となった。親が、学年に1-2名しかいないような学校に子供をあずけたくないとして転校者が続出。これ以上の生徒流出は久高小中学校の先生の半減(制度上の生徒数に対する教師の数)に直結。それだけは避けたい住民にとり、山村留学で小中学校に転校してくる14名の生徒は貴重な存在。
  8. 不登校などで心に傷を負った子供たちの再生の状況を山村留学初年度の昨年は目の当たりにし、たいへん勉強になった。GW明けまでの親元を離れて生活する覚悟が出来るまでの一山。夏休みで親元に帰って長期間生活した後の中だるみ。卒業を控えた時期の急成長などなど。重い課題を抱えて集まった子供たちばかり。子供たちは誰一人順風満帆という形で1年間を過ごすことはないが、その紆余曲折が子供の成長には欠かせないものだと言うことが理解できた1年であった。逆に、何の問題もない子供が本当に健全に成長しているとは限らない。
  9. 子供が重い課題を抱えるのは、家庭の責任。山村留学の代表者として、親たちに対する再生の指導こそが本来の役割だと感じている。家庭環境が改善させることが、子供の健全な成長に直結している。
  10. 学校の先生が子供を指導できる状況にない。本来、地域や親がやるべきことまで教師にやらせようとしている社会は異常。親が子育てをやれていない家庭の子供たちが山村留学に集まっている。それ以外にも、殻を閉ざして、周囲と深い関わりを持つことを避けている子供たちがたくさんいる社会は極めて不健全。そうして自分だけのことを考えて育った子供たちが日本の将来のことなどどうやって本気に考えることが出来るのか。
  11. 多くの者が、この現実に気づき、行動を起こし始めているが、国がその活動を支援する体制に全くなっていない。
  12. 文部科学省は、学区の学校に子供は通えばいいというスタンスであり、その環境からはじき出されて不登校になった子供たちのことまでその学区内で解決することを求めており、山村留学のような取り組みを認めていない。しかし、実際に、ここまで学級崩壊や不登校が社会問題としてクローズアップされてきている現状を目の当たりにして問題意識は芽生えつつあるが、まだ具体的な取り組みに着手する段階にはない。(山村留学のような取り組みに予算を出すスキームが存在しない)山村留学とすれば、子供の住民票さえ移してしまえば、文部科学省に文句を言われる筋合いのものではないため、ゲリラ的に民間のボランティアベースで取り組まれているのが実態。
  13. 山村留学に関する取り組みは、育てる会、鳩間島などが早い。特に育てる会は、30年ほど前から活動を継続。色々な協会等から評価され、予算的にも優位。それ以外のところは、全て民間だけで運営しており、国の補助がおりているところはない。
  14. 久高島山村留学センターの宿各施設の整備については、プレハブ住建会社の協力を得られる見込みにより、とりあえず数年間暮らせる程度の宿泊設備は何とか準備できる予定である。

今回は、超真面目なレポートのみ。

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