久高島訪問記 其の6 (1)

- 心で繋がる旅 序章 -

序章

今回で久高島訪問は、6回目になる。2001年夏に、斎場御嶽三庫裏(さんぐーい)の久高遙拝所(くだかようはいじょ)から、久高島を眺めたときに、『確実に行くことになる』と感じ、2001年11月に、最初の訪問、12月に2回目、そして、2002年の6月に3回目、4回目。しばらく間が空いて、2006年2月に5回目。そして、2008年6月。

最初の4回は、1年以内に4回という、極めて短期間に取り憑かれたように通った時期。行くたびに、島内を歩いた。ほとんどの道という道を歩き、そして、何となく惹かれつつ、香炉が置いてあるだけの御嶽(うたき)を手当たり次第に回ってみた時期。

それから、最初の訪問で出会ったとみぃの死があり、墓参のために訪れた5回目。そのときには、以前にまわり、特に気になってはいたのだけど、その後、行き着くことができなかった不思議な空間の場所を再確認した。

そして今回。なぜ行くことになったのか。

その最大のきっかけは、mixi。これだけは、確信できる。私が、mixiで初めて日記を書き込んだのが、2006年6月初旬。前回訪問してから、ほどない時期と考えると、前回の久高訪問がトリガになり、mixiを始めたとも言えなくもないが、mixiで活動を始めてから、全てが動き出していることは確実だと思う。そう「山が動いた」という感覚。

mixiでは、よくもまぁこれほど・・・と言うほど、久高島とつながりを持つ方々と繋がってきた。久高島コミュを介しているとは思うが、コミュでそれほど積極的に書き込みをしているわけではない状況から考えても、これほど周囲に集まってくることは不思議である。

過去の訪問はそれぞれ、それなりの目的を持ち、計画を立てて、その目的を達成させるたに行ったのだが、今回の訪問は、明確な理由がないまま、なぜか「行かなければならない」気持ちになって、計画されたものだった。

さらに、ごく身近な友人が連れだったわけではなく、各々が、同じように、感じて、まるで共鳴するようにして訪問する、私以外の人が存在していたのである。

補足

今までの、訪問記は、あるがまま、思ったことを、単純にレポートする形式で紹介してきたが、今回の訪問については、同じような形態でとても書ける状態ではありません。言葉で表現することのできない体験が多いのです。よって、うまく、伝えることはできないかもしれませんが、感覚的にメッセージを受け取って頂けるとうれしいです。

自分自身、今回の体験を十分に咀嚼し切れていませんので、時間がかかると思いますが、気長にお付き合い頂ければ、幸いです。

なんやら、前置きだけで終わってしまいました~~

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