久高島訪問記 其の6 (7)

- 心で繋がる旅 序章 -

2008年6月13日(金)

壺屋

およそ2時間もお昼寝しただろうか。エアコンの効いた静かな部屋でお昼寝なんて、なんという贅沢だろう。これも、夜のため。。。。

さあて、そろそろ活動開始するか~ と思いながら、洗濯物をたたもうと思うと、何となくまだ湿っている。なんで、沖縄は、こないに洗濯が乾かないのやろう。それほど湿度が高いんやろな。

テンピヌメーマンジューの包みを開くと、薄いもちもちのおまんじゅうが5枚入っていた。あっさりした甘みで、意外とおいしい。好きかも。ついつい3枚も食べてしまった。

そうこうしていると、TS子さんからメールが

TS子さん「着いたよ。」

そいでは、少し、お散歩しながらさかえにむかうかね。

マンジューを持って1Fに降りると、ロビーでは、ホテルのお姉さんと、旧知のような雰囲気で話をしているTS子さんがいた。

そういえば、沖縄で会うのは初めてや。でも、ぜんぜん違和感無しというのは、沖縄の血のせいか。

ホテルを出て左手に行けば平和通り、右手に行けば、壺屋やちむん通り。道路がこぎれいに整備され、りっぱな観光地になっている。

あまり食べていないというTS子さんにマンジューをあげた。あっと思う間ぁに2枚重ねて食べてしもうた。そうか、そないにお腹すいてやったんか。さーたあんだぎも、持ってきてあげれば良かったと思った心優しき創結マスターなのであった。

壺屋は、過去二回入って、二回迷った経験、、、(あ、夕べを入れれば三回や)があり、私の中では鬼門。方向感覚は優れている方だと思うのだが、そんな体内磁石がいかれてしまう一角が壺屋である。

TS子さんは、壺屋がお気に入りというので、TS子さんの案内で壺屋を歩くことに以後、TS子さんの案内で回ったことを付け加えておく。

やちむん通りに入ると、すぐ左手に『南の窯(ふぇーぬかま)』がある。今なお、わずかながら現存する登り窯だという。全長が20メートルもあろうか、かなり巨大で圧倒される。しかし、この中で均一に熱を回すのは、至難の業と思われる。素人にはよくわからない。

釜のすぐ脇に喫茶店がある。しかし、ここのコーヒーはまずい!とTS子さんは言うので、立ち寄るのはやめにした。

やちむん通りから途中の路地を左に入るいしまち通り。入るとすぐに大きな家に突き当たる。

『ここが国の重要文化財に指定されている新垣家。上焼用の登窯(東ヌ窯)が少し奥まったところにあり、母屋や作業所など昔の伝統的な壺屋陶工の住宅形式を唯一残している家です。 』だそうだ。

TS子さんは、壺屋焼きが好きという。特に新垣さんの出す赤い色が良いという。
私は、焼き物は、ようわからん。

TS子さんは、新垣さんの工房にまるで自分の家のように入っていく。私はついていくだけ。

工房では、若いにぃにぃがろくろを回している。奥に、もうひとりのにぃにぃ。
ちょっと会話を交わした後、母屋の方に向かう。すると、おじぃがいた。この方が、TS子さんの好きな色を出す職人という。

つい最近、息子さん二人が跡を継ぐことになったそうで、とてもうれしそうだったのが印象的だった。

その後、この工房で作られた焼き物を販売しているお店をのぞく。あ~やっぱり、こう言うところのシーサーは味があって良いな~ 国際通りで売られているどこの誰が作ったかわからんものとは、やっぱり素人目に見ても違う。欲しいな~とは思ったものの、「買う!」のひとことは出んやった。

最後に、お店のおばちゃまに、漆喰のかわいいシーサを紹介された。試行的に置いているもので、作者は、まだ名を伏せて欲しいと言うことだった。かなり触手が動いたのだが、やはり、踏みとどまった。今思えば、きっと、この時点で、アマムのシーサーに後に出会う予感があったのだろうと思う。

壺屋でゆっくりしてしまったため、TS子さんが行きたいというお店でぜんざいを食べる時間が無くなってしまった。(これは、翌日、商六であったことが判明)

さかえふたたび

一度、お宿に戻り、預かってもらう荷物を持って、午後7時を回った頃、さかえに向った。ついつい買ってしまった荷物を久高まで持って歩くのは、ちょっとたいへん。荷物を最終日までちょいと預っておいてもらおうという魂胆。

カウンター席は、結構いっぱいだったけど、何とかTS子さんと私の二人で割込ませてもらって、先ずはオリオンでのどを潤す。あ~~生き返るわ~

さつえさんは、買物に出かけているけど、じきに戻るという。

なおみさんが、さっそく、子ども達へのお土産として準備してあったゴーヤー扇風機を取り出してきた。なんじゃこれ~。リアルなゴーヤのしっぽにプロペラがついている。でも、変なもの大好きな息子にはやたら受けそうや。さすが、私の沖縄ねぇねぇ。

いかんいかん、ねぇねぇ、ここでお店を広げては。他の客まで動員して、みなで動作チェックを手伝う。一つ、いまひとつうまく回らないのがあったので、翌日、買ったお店で交換してくると言う。

そんなことをしていると、さつえさんが買物から戻ってきた。元気そうで何より! でも、カウンターの中で働いている姿は、ちょっとつらそうだった。いつまでも、元気でいて欲しいけど、年は取っちゃうからね。自分も含めて。。。。。

その後、私の右隣の大阪から3ヶ月に一度は通ってくると言うおっちゃんと、TS子さんが意気投合し、左にいた「髪の毛長い、切ってこい」と皆に言われるおっちゃんとやたらに盛り上がってしまった。

そんなところにKKみさん登場。きれいな女性を待焦がれていた両隣のおっちゃんずが盛上がる、盛上がる。KKみさんまで交えて、ひとしきり盛り上がって、他の客の迷惑になるのではないかと心配になり、当初から確保していてもらった右手のお座敷に場所を移した。なんと、「髪の毛長い」おっちゃんまで、座敷に乱入。

飛行機が空港に着いてから、なかなか来ずに心配していたIT美さんが、ここで無事に登場。私にとって、関西出身女性三人に囲まれるシチュエーションは、あまりに不利。座敷の隅っこで、料理を運ぶお手伝いなどして強烈ないじり攻撃をかわす。
すると、私の代りに「髪の長い」いじられキャラがもひとりいたのが幸いした。

盛り上がっている合間を縫って、IT美さんのチェックインを済ませるためにお宿に向かう。夕べも遅くまで待たせてしまったので、連日そんな迷惑はかけられへん。IT美さんの荷物を部屋に置き、KKみさんの差し入れの料理を冷蔵庫に入れただけで、さかえにとんぼ返り。

11時半になろうかと言うとき、ようやくKHさんが登場。運転手のUNさんも交えて、閉店時間をとうに過ぎているにもかかわらず、しこたまふーちば酒を飲み、さかえにあったふーちば酒が底をついたのを期に、ようやく重たい腰を上げた。

しかし、立ち上がってから、なおみさんが、最近お気に入りだというドレッシングを出してきて、その味見などをはじめたものだから、さらに夜は更け、さかえさんを後にしたのは零時半になろうかという時刻だった。

おでんや悦っちゃん

このメンバが揃って、これだけで終わるわけがない。

事前に連絡を入れていた桜坂の悦っちゃんになだれ込む。

その前に、KHさんをお宿までチェックインのためにエスコート。結局、今日も午前様までホテルのお姉さんを待たせてしまった。ごめんなさい。

とんぼ返りして悦っちゃんに戻ると、入口は、頑丈な鍵がかかっている。いかがわしい野郎が二人、こんな夜更けに訪れたら、普通は拒絶されるだろう。が、先発隊があらかじめ、悦っちゃんに伝えてあったので、無事に店内に入ることを許された。

奥の座敷の大テーブルでは、既にてびちを食い荒らした跡が。KHさんと二人分を追加してもらっておいしく頂いた。それにしても、さかえでさんざん飲み食いして、もうお腹いっぱいなのにどうせいちゅうねん。

KKみさんは、翌日朝が早いと言うことで、先にリタイア。タクシーを皆で見送る。

その後、小一時間もいただろうか、ようやくよどみはじめた空気を入れ換えるように、皆で立ち上がり、悦っちゃんにお礼を言ってお店を後にした。

KHさんを送ってくれた上野さんを国際通りの駐車場まで見送りに行って、そこから桜坂を通りホテルに向かった。

桜坂近辺は、ずいぶんと工事をしており、以前の姿を消しつつあるのは、かなり残念。でも、県外の者がどうのこうの言える立場にはないので、ただ見守ることしかできないもどかしさである。

翌日は、11時にロビー集合と言うことだけを決め、各自部屋に散ったのであった。

こんなんで、明日は久高島行けるのか~~~~

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